シングルマザー自身が「ひとり親だから」という呪縛から逃れるために

私が離婚した20年前の1997年頃は、「シングルマザー」という呼称を今ほど聞くことはなく、ひとり親家庭になった母親だけの家庭を「母子家庭」と呼ぶことが一般的だった様に思います。

夫婦が離別したときには、必ずしも母親が子どもを引き取るパターンばかりでなく、夫婦の事情によっては父親が子どもを引き取る場合もあります。児童扶養手当受給の対象外であった父子家庭も、2010年に受給対象となりました。(所得により異なります)

「男性だから収入が高い人ばかりではない」「手助けをしてくれる祖父母がいる環境ばかりではない」というところから、「子ども=母親が育てるもの」という概念も以前よりは、幅広くなってきているのかもしれません。

ひとり親の不便さを感じた時

子どもが幼少の頃はあまり感じなかった、ひとり親という自分の立場でしたが、唯一感じていたのは、保育園や幼稚園、小学校の行事ごとの時。

例えば運動会の時、自分ひとりでカメラとビデオカメラを交互に操作することの不便さと、その間に肉眼で我が子を見ることができないという歯がゆさ。

「ふたりなら、役割分担することもできたのかもしれない」と思いつつも「大変さと楽しさを独り占めできるありがたい立場」に満足していたところもありました。

「ひとり親(母子家庭)」という偏見

ひとり親家庭で育った未成年の子どもが問題を起こしTVでニュースが流れた時、あるいは母親が子連れで再婚し、子どもが新しい父親に虐待をされ、命を落としてしまったニュースを見ると、とても心が痛みます。

マスコミはここぞとばかりに、「ひとり親家庭であったことが罪かのように」「子連れ再婚が間違いかのように」ニュースを見ている人、聞いている人たちを、その言葉で煽ります。

確かに、両親が揃っていれば防げた事故であるのかもしれません。けれど、両親が揃ってさえいれば、間違いや過ちは起きなかったということも、誰にも言い切ることはできないのです。

ひとり親ということは格好の餌食

浴びせられるその言葉に傷つく人がどれだけいるかということは問題ではなく、「やっぱりね」という同調を増やし、本当のことは何も知らない人たちの想像を駆り立てる世の中。

「ひとり親であろうと、両親が揃っていようと子育てには関係がない。ひとり親に育てられて立派な人になっている人はたくさんいるし、両親揃っていても問題を起こしてしまう人もいるから」なにかある度に、こういう発言をしていた自分を思い出します。

『やっぱりね、ひとり親だからね』「そう思っているのだろうな、思われているのだろうな」と想像をしながら、「そう思われていた方が、自分を弁護できる」という理由で、自分自身に「ひとり親であろうと、両親が揃っていようと・・・」と言い聞かせていたのかもしれません。

自分がつくり出していた偏見

しかし、「世の中がひとり親家庭を偏見の目で見ている」「『やっぱりね、ひとり親だからね』と、思っているはず」などと当時思っていたのも、ひょっとすると自分の思い込みであったかもしれないなと、今はそう考えられる自分がいます。

本当は、自分のまわりの人たちはさほど偏見などもっていなくて、たまたま口にしなければ気が済まない人がそこにいて、それも一人か二人そういう人を目の前にしただけで、それが「周りにいるひとすべて」と思ってしまっているところもあったのかもしれない。

自分の思い込み、『それこそが偏見』であるということにも、自分自身が気付かなければいけないことなのでした。

ひとり親はハンディキャップであるか

時々「シングルマザーは弱者である」と、発言される方もみえるのですが、私はこの言葉に納得がいかず、「健康で働ける身体があるのなら、『弱者』ではないはず」といきり立つこともしばしばありました。

働かなければいけないのに子どもがいて、思う様に働けない立場でいうならば「就職困難者」という言われかたの方が、まだ近いと思っています。

確かに、面接に行けども行けども、あるいは履歴書を送った時点で書類選考から漏れてしまうということもよく聞く話ですが、なにもシングルマザーに限った話ではありません。

「自分が必要とされる場所は必ずある」ので、応募をして採用にならなかったところは、「ならなくてよかったのだ」と思う様にし、早く切り替えて次のステップに進みましょう。

聞きたくない言葉を払拭するために

離婚をしたばかりで心が敏感になっているときは、すべてが敵に思え、すべての言葉が心に突き刺さり、ようやく一歩踏み出してみたものの、心が折れそうになるときも。

生きている以上、どんな形でも今までと違った変化があれば、なにかしらの打撃は必ず被るものです。それでも「強くなっていくしかない」「子どもを守っていくのは自分だから、前に進まなくてはいけない」というマインドが、時間とともにできていくものです。

さいごに

「強くなり、子どもを守っていくには」武装をし、武器を持った方がなにかと有利です。

武装も武器もそれは人によって形が違うと思いますが、私の場合は、武装が「仕事」であり武器が「稼ぐためのスキル」でした。

それが私のシングルマザーとして生きてきたプライドであり、前を向いて歩いていくための支えでもありました。

「女性がひとりで子どもを育てていく」という覚悟が、母子家庭の母に課せられる大きな課題となります。

「ひとり親」ということをネガティブに捉えるのではなく、「だから、頑張れる!」という位置づけの原動力として、「ひとり親」という立場を自分の味方にしながら、力強いパワーに変えていくことができるのです。

結果、「親はなくても子は育つ」

離婚をしてから20年、子どもが成人するまで「子育て真っ最中のシングルマザー」として渦中にいる時は、なかなか気づけなかったけれど、今周りを見渡してみると世の中には、カッコよくて素敵なシングルマザーがたくさんいるということも知った、私です。

ABOUTこの記事をかいた人

大西陽子

男子2人の子どもを持つ、シングルマザーです。女性起業家支援・Webマーケティング事業・ライティング事業を運営しています。公私にわたり女性の就労をサポートをする中「シングルマザーの力になりたい」という想いのもと立ち上げた「シグマル」。もうひとりで悩まないでください。シグマルはずっと、あなたの傍にいます。そして私たちと共にシグマルを育てながら、愛し続けてあげてください。(Work Creation Co., Ltd. 代表取締役)

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