シングルマザーとして働いてきた経験!「点が繋がり線となっている」

<女性の自立・キャリアアップ・2>

長男が生後6ヶ月の頃、どうしても「仕事がしたい」衝動にかられ行動に移すも、否応なく断念せざるを得ず、次に取った行動は、次男を続けて出産し「ふたり同時に保育園に預けてから働き始めよう」というものでした。

長男2歳半、次男が1歳になるかならないかで保育園に預け、念願の「働く女性」へと復帰することができました。就いた仕事は、美容師ではない職種。

この時はまだ離婚前であったにも関わらず、結婚出産前からも「働く」ということにはめいっぱいフル稼働してしまうところがあったので、「主婦業以外の時間・外で働く」ということが、嬉しくて楽しくて、どんな仕事であれ遣り甲斐生き甲斐へとなっていったのです。

自分の存在価値を確立したい

結婚出産をし、子どもを持つ女性はいくつもの顔を持ちながら生きることを楽しみます。

妻であり、母であり、女性であり。自分が生きるためなら、楽しむためなら、同時にいくつものことをこなすことができるようになるのです。

子どもが居ながらにして家の中よりも外や職場で、自分の存在価値を見出してしまう女性は、子どもと共に自分の居場所をさらにもっと、確立したいと思い始めるのかもしれません。

離婚を決めシングルマザーとして生きてきた20年間は、離婚したことへの後悔などは一度もなく、むしろ「この道を選択して正解だった」「働き続けてきてよかった」と心の底から感じています。

子どもと共に生きていくシングルマザー

子どもを保育園に預け働き始めた1年半後に私は、結婚生活を解消するために、「子どもと3人で生きていく」という道を選択しました。

当時の子どもの年齢は、4歳と3歳。その子どもたちも今や成人しています。

1997年に離婚をしてから20年間、ふたりの子どもと共に歩んできた道のりは、険しいときもあったように思いますが、今となればすべてがよい思い出となっています。

新しい環境での母子家庭生活

離婚後4年が過ぎて、新しい町に子どもたちと引っ越しました。
その時、長男が小学校2年生、次男が保育園。新しい町に来て困ったことは、学校から早く帰ってくる長男を抱えての仕事と子育ての両立。

まだ小学校2年生の長男を、慣れない家でひとり留守番をさせるわけにはいかず、けれどシングルマザーである一家の大黒柱の私は、当然働かなくてはいけません。

その時の自分たちに合ったベストな働き方

どんな働き方をすれば、子どもが帰宅する時間に迎えることができ、今の私にはどんな仕事ができるのだろうかと、考えました。

「どんな働き方?」⇒「時間のコントロールが可能なフリーランス」
「今の私にはどんな仕事ができるのだろうか?」⇒「パソコンを使った仕事」

離婚をした20年前に、パソコンのWindows95、98が出始め、新しいものには興味津々の私は、直ぐにパソコンにはまり込んでいきました。

子どもがいたからこそ、好きになったパソコン。それはデジカメで写した子どもたちを記録に残していくことと、子どもの写真を挿し込んだカレンダーを作成すること。

離婚してから、今日まで様々な職種や業種を経験してきましたが、現在経営する会社の事業もパソコンを活用して作品(コンテンツ)をつくるWebライティング事業を行っています。

離婚をしてシングルマザーとして子どもたちを養っていこうと思いを込めた時にも、こんにちに至る私の原点があったわけです。

気付けば・振り返ればすべてが繋がっていた

とにかく一生懸命前だけ向いて生きていたときには、なかなか気づけなかったこと。


その時その時は点にしか見えないことも、こうして振り返ってみるとしっかりと線になっていたわけです。しかも、太くてしっかりとした線であることは間違いありません。

働き方を工夫して

フリーランスとして働いた時は、長男が学校から帰宅する時間までは、ある会社のオフィスに行き、従業員の方にパソコンの使い方をレクチャーしたり、もちろんそれだけでは収入も追い付かないため、当時は国が仕掛けたIT講座というのが市町村各地で開催されていたので、それに登録して単発で講師に出かけたり、ホームページの作成の依頼も請けたり。

さらにそれだけでも収入は足りないため、夜にホステス・週末にはパーティーコンパニオンも。

とにかく時間さえあれば働いていた、そんな記憶しかありません。

経験がなければ選択肢に入らない

フリーランスという働き方にも限界を感じたときには、アルバイトでパソコンスクールのインストラクターとして働いていたこともあります。
夜の授業には子どもを連れて出勤し、私が授業を行っている間子どもたちは事務所内で遊びながら待ってくれていたことも。

この頃は、子どもがまだ小学生の低学年という時期であったため、一緒に居る時間も確保しながらの働き方を優先に考え、フルタイムで正社員で働くということは念頭にもありませんでした。

例え自らそういった働き方を望んだとしても、子どもが小さくて「残業もできなければ、フルタイム・正社員では働けないだろう」(雇い入れてもらえない)という先入観の方が、大きかったのかもしれません。

安定した収入を目指したい

しかしながら、子どもの成長と共に働き方は変わっていきます。いつまでも、子どもは小さいままではありません。

そうです!

上手くできたもので、子どもが留守番をできるようになってくる年齢や成長に合わせて、養育費・教育費として子どもに掛かるお金もたくさん必要になるのです。

「フリーランス ⇒ アルバイト三昧」の日々に決別し、今度は安定した収入が必要と考える様になっていきます。

今の私にできること

「安定した収入を得るためには、今の私にできること」を考えました。

そして考え付いたのは、当時は専門職の派遣が流行っていたこともあり、「パソコンのサポートデスク・メンテナンス担当」として、大手企業に派遣社員として勤務することができるように。

この時の私の年齢は30代前半。この年齢になってはじめて、企業の中に入っていったという感じでした。

組織体の中でたくさんの社員さんに囲まれながら勤務するというのも新鮮で、且つ毎日たくさんの大好きなパソコンに囲まれてメンテナンスという仕事ができるという、楽しい以外の言葉見つからないほど、確実に年収も上がっていき、仕事そのものもよい経験をさせていただくことができました。

けれど、ここでの経験が「もっともっと安定したい、認められたい、必要とされたい、キャリアを積みたい!」という欲望が顔を出し、また次のステップへ行動を移すことになります。

「女性が働き続けること」への想いは募る一方

この時はまだ具体的に、必要とする年収などのイメージが固まっていたわけではありません。
とにかく「職場で必要とされる人になって、たくさん稼ぎたい!」というその想いだけでひたすら前に進んできたわけです。

ここからが、「女性が働き続けること」への想いがより一層強くなり、自分自身と切磋琢磨しながら突き進んできた道が始まります。

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ABOUTこの記事をかいた人

大西陽子

男子2人の子どもを持つ、シングルマザーです。女性起業家支援・Webマーケティング事業・ライティング事業を運営しています。公私にわたり女性の就労をサポートをする中「シングルマザーの力になりたい」という想いのもと立ち上げた「シグマル」。もうひとりで悩まないでください。シグマルはずっと、あなたの傍にいます。そして私たちと共にシグマルを育てながら、愛し続けてあげてください。(Work Creation Co., Ltd. 代表取締役)

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