シングルマザーの『働く母親ルール』を改変していくタイミング

1998年、今から20年前に4歳と3歳の男子2人の子どもを連れての協議離婚。

結婚・出産・離婚を20代で経験した私は「健康な身体さえあればなんとかなる!」と思い、「離婚後はどうやって生活すればよいのだろう」など、そんな心配をした記憶がありません。

ですが、ひとり親で子どもを育てるシングルマザー、シングルファザー、あるいは既婚者であってもフルタイムで仕事を持つ母親ならば、いつかは『子育てと仕事の両立』というテーマに、向き合う時がやってきます。

しかしながら、起きていないことをいろいろ考えるよりも、できるところから少しずつバランスを取っていけば、働きながらひとり親として子どもを育てていくことは充分可能です。

ひとり親となったタイミングで違いがある

同じシングルマザーであっても、離別・死別・未婚というそれぞれの事情によっても、ひとり親となることへの不安感は違ってくるでしょうし、シングルマザーとなった時の年齢、そしてその時の子どもの年齢や人数によっても、随分と違ってくると思います。

若さは武器にもなる

私が離婚した当時の年齢は20代後半、今覚えばとにかく若い。子どもも幼少で大きな養育費が必要な年齢ではありません。

「自分の心意気さえあれば、なんとかなるだろうと考えていた」というよりも、それ以前に事の重大さや、その時の出来事を深く考えていなかったように思います。

離婚直後は恵まれた環境であった

別れた夫は養子ではないけれど、私の父親の自営業を手伝うということで、私たち夫婦は私が生まれ育った町に市街から引越し、私の両親の持ち家で暮らしていました。

そのため、離婚前から父親の自営業を手伝い始め、離婚直後も少しの間「父親の自営業を手伝うことでその分の対価としてお給料が貰えた」という、少し恵まれた環境だったのかもしれません。

男性社会を知る

しかしそういった環境とは裏腹に、幼少の子どもを育てながら仕事をする私に対して父親は厳しい言葉しか投げかげず、片手で子どもの世話をしている最中であろうがそれは容赦なく、勤務時間も関係なく、次々に業務指示が続きます。

「身内だから」「子どもがいるから」と言い訳が通用しない環境。当時はやりきれない悔しさでいっぱいの想いも抱えていましたが、「仕事は甘くないよ」と、父親が私に教えてくれていたのだと今ならそう思えるのです。

後に離婚して4年後に、私は生まれ育った町を離れ、実家からも離れた市街へと子どもを連れて引越しをしました。

慣れない土地での再スタート

私も30代となり、子どもたちも小学校2年生と保育園の年長。

『慣れない土地、子どもたちの新しい環境』がスタートします。


【シングルマザーとして働いてきた経験!「点が繋がり線となっている」】でも執筆しましたが、ひとり親であるシングルマザーは、そういった環境でも工夫を凝らしていきます。

子どもが小学校の低学年くらいまでなら、そんなに高額なお金が動くこともないわけです。
仕事と子育ての両立といっても、時間の工夫さえすれば生きていくことはできます。

認められることが嬉しい!

もともと、仕事をしていることが大好きで、食べることより、寝ていることより、何よりも一番働いている時が楽しいと感じる私は、仕事に対しても貪欲になっていくのです。

もちろん、「子どもを養うために稼がなければ」という想いも強いですが、『認められる=給与が上がっていく』ことも張り合いとなり、『認められる』には多少の無理も必要になります。

「働く」ということ以外に、自分自身のキャリアアップも望むのであれば、自分を奮い立たせるための努力と、少しの工夫が必要となります。

働く母親ルール

通常は子どもがいるから出勤できない時間帯にも、融通を利かせて立ち振る舞わなければいけない。けれど、働く母親には自分ルールというのがあります。

・18時までには帰宅して、夕飯をつくり一緒に食べる
・子どもの登校を見送ってから、自分の職場へ出勤
・習い事の送迎には、間に合うようにする。
・子どもが風邪で学校を休む時は半日で病院に行き、半日は出勤する

など、その家庭によってルールは違うでしょうけれど、上記は大抵当てはまったりします。

けれど、このルールをひとつずつ壊して新しく入れ替えていく時がやってくるのです。
ひとつずつというのは、子ども以上に母親自身に勇気がいることであり、それに慣れていくための儀式だと思うのです。

早く帰らなくてはいけないと焦るよりも

夕飯は、その日の朝作り置きをしておいてお弁当をつくっておく。
そして、子どもたちが帰宅して自分たちでお弁当を温め食べられるようになる。

お腹を空かせたまま留守番をさせておくよりも、精神衛生上良い方法であると私は思います。

朝も早く起きなくてはいけなくて、前日前夜おかずの作り置きもできない場合は、仕事の途中でお弁当を買って家に届け、また仕事に戻る。この時は「営業職でよかったな」と思う職場にも当たりました。

ここが勝負の時

『夕方の残業を増やして、帰宅が遅くなる』時よりも、『子どもよりも先に勤務先に向かう』時の方が、勇気が必要だったことは今でも覚えています。

子どもが風邪を引いて熱を出した時は、小学校の低学年の時は半日だけ付き添ってあげて、半日は仕事にというルールだったのが、1日子どもだけで休ませておくようにもなります。

もちろん、容態にもよりますが、連絡先だけ明確にしておいてあげれば、本人は具合が悪いので出かけていくこともなくおとなしく寝ているものです。

母親はいつの時も最善の方法をひねり出す

私には子どもが2人いたので、ある程度大きくなってくると「兄弟仲良く居てくれれば」と思いながら、子どもたちに託すことができましたが、兄弟がいても子どもの年齢差があり行動パターンが違う場合や、ひとりっ子の場合など『ルールを改変するタイミング』が違ってくるかもしれません。

しかしながらそれはそれで、働く母親はあの手この手を使い、いつの時も最善の方法をひねり出していくものです。

さいごに

働く母親の仕事と子育ての両立は、母親の力量を試されているのだと感じることも多々ありました。けれどどちらも大切なものには違いなく、同じ分配での『両立』ということは、きっと不可能であると思うのです。

その時その時の状況において、優先順位をつくりこなしていくことが『両立』と言えるのだと思います。

子どもはいつか親の手元を離れて行きます。そのためにも日々『時間に追われた働き方』だけではなく、『キャリアアップも見据えた働き方』が自分自身の将来にも繋がっていくはずです。

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