子どもを「立派」に育てる?シングルマザーにプレッシャーの二文字!

子どもを「立派」に育てるということ。

私は離婚後、別れた夫の連れ子を引き取り、年子の二人の娘を育てるシングルマザーとなりました。長女が21歳、次女が20歳を迎える今だから話すことができます。

当時の私自身もそうでしたが、周りのシングルマザーの人たちも「ひとり親だから」「母子家庭だから」という呪縛に縛られて「シングルマザーの子育て」に、悩みすぎているように見えました。

私の場合、引き取った子どもたちは自分自身が産んだ子どもではなく、育ての親「養母」という立場という葛藤。

引き受けた以上、この子達を「立派」に育てなければならないと、思い戦う毎日。

子育てというプレッシャーに、この「立派」と言う言葉の重みに、押しつぶされそうになったこともたくさんありました。

少しでも立派に近づけるようにと・・・

子ども
出典:pexels.com
この「立派」という言葉。
当時無我夢中で子どもたちを育てていた私には、プレッシャーしかありませんでした。

この子たちが、実の母親に会う日が来た時に、この子たちが立派でなければと・・・。

それは、身近にいる昭和生まれの世代の方の、教えでもありました。
思えばいつからこんなに「立派に」と意識し始めたのでしょう。

周りの影響もありましたが、よく考えてみるとシングルマザーになった私自身の意識でした。

しかし、心の底では、「立派」から解き放されたく、早く楽になりたかったのは事実です。

思い通りにならない日

いつも空を見上げて神様に、お願いしていました。
きっと、「神様はいる」と信じながら。

当時自分の中で、軸にしていたことは「私の人生は遠回りしても、娘達は近道させたい」という想い。

娘たちは、力の限り羽ばたいてほしく、それを「ただ思うだけ、願うだけ」。
子どもの母親なら、誰しも思う事ですよね。

夫婦揃っていれば、相談が出来る

子どもを育てていると、発達のこと、学校のこと、進学のことなどいろいろな問題が起きます。

養母としてシングルマザーで、育てる決意したのは私自身。
いろいろな問題が起きても親兄弟には相談出来ず、子どもたちの事は全て一人で決めてきました。

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離れて暮らし始めてから、なかなか会う時間もなく・・・

長女が20歳になった時私が再婚し、娘たちは実の父親の所へ戻りました。

離れても、長年一緒にいた親子には違いはなくずっと娘たちを想っています。
そんなふうにして「立派に育てる」を目指し続けてきて、来春、次女が短大を卒業します。

次女の決意

短大卒業前の就活相談だと次女に呼び出され、久しぶりに会う事になりました。

次女は、母親である私を「悲しませたくない」と、小さいときから必死でした。
成績はいつも上位をキープ。
大学でも、学生会に入り活動。

何事にも手を抜くことなく完璧にしていた次女。
しかし「短大卒業後の就活の相談」のはずが「卒業後は専門学校に通う」という話です。

高校は国際人文課に、短大は英語コミュニケーション学科でした。
今回の話で本人経っての希望は、「メイクアップアーティスト」になるという夢。

私は、驚きました。

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今まで養母である私が、全てレールを引いてきた

女友達
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それで、私に反対される事が見えていたのでしょうね。
娘は、すでに学費の半分はアルバイトで貯めていました。
残りの学費も、支払い予定を説明し始めた。

次女が自分なりに考えて出した決断に、何も言えなかった私。
短大で、オシャレや美容に興味が湧き出て、自分でも止められなくなっているとの事。
その時の娘の顔、確かに輝いていました。

高校生の頃までは、語学力をいかし飛行機で、飛び回る仕事がしたかったはずなのに・・・

幼い頃描いた夢は、大きすぎて叶わないことの方が多い。
今からの夢は、自分の力が分かるから追う事が出来る。
まだ若く、それでも少ない経験値で一生懸命考えた結果だそうです。

「なんの為に生きているのか」を考えた次女

誰かの為に生きるのではなく、自分の為に生きると言う事。
ただ、時間をかけて将来の自分が見えて来たそうです。

まだまだ「」だけど、これかの人生「苦痛」と思いたくない。
成功するか見えないけど、応援して欲しいと・・・。

今度は、それを支える役目になるのですね。
何も手に職がない私は母親として、そしてひとりの女性として子ども達に言い続けていた。

女一人でも、家庭を守れるように手に職をつけなさい

養母である、私の後ろ姿を見ていた娘は、手に職をつけようと今必死です。

昭和生まれで生ききた私たちの時代から、平成生まれの娘たちの時代へ

娘たちは私が20代で、母親となった時より、何にも恐れずしっかりとした考えを持っています。

私の、母親が今でも娘の私を心配しているように、私も永遠に、娘の見守り当番がこれからも続くのですね。

成人して、自分の足で歩き始めるようになった我が娘たち。

いつも会いたいときにだけ連絡をしてくるけれど、私はそれでいいと思っています。

とにかく今を、突っ走る事しか出来なかったけど、一先ずゴールらしきものが見えつつあります。

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さいごに

子どもを育てる時に、周りと比べたりしますが、実際うちはうちで関係ないのです。

子どもたちと、通った道、歩んできた道のすべてが自分たちの思い出です。
親子に「さよなら」なんてないのですから・・・

まだまだ子育ての結果は、見えない現状で、まだまだ何が起きるかも分からない。
私は、同じ女性として、娘二人を今でも毎日のように想っている。

あの日に戻りたいとも思うけど、遠からず近からず娘の人生、ノンフィクションで見せてもらう事にしておきます。

これで、私の肩の荷が下りた「立派に」と言う二文字。

きっといつかは、辿り着くのであろう「立派」の文字の意味に・・・


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