新しいパートナーとの出逢い・元夫のDVに怯えていた日々が遠い記憶へ

「私はどうして、シングルマザーになったのだろう」

フト、そう思うときはありませんか?

離婚の理由は、人それぞれです。離婚をして「シングルマザーだから、強くならなければならない」と思い続けた毎日。

ふと立ち止まった瞬間に、離婚前のパートナーを思い出したりもします。

思い出すたびに、涙が溢れ出し思い出したくない過去の記憶。あの時、「もう少しもう少し、自分に乗り越える力」があれば、離婚していなかったのではないかと思う人もいます。

それぞれ離婚をして、時間が経ってからパートナーへの思う気持ちや、考え方はそれぞれ違いますよね。

今回お話するシングルマザーは、現在49歳。夫からのDVが原因で離婚しました。明るく活発な女性ですが、「離婚後、今だからやっと話せる様になった」一人の女性の生き方を紹介します。

人生のパートナーである夫からのDV

当時22歳で結婚し、翌年23歳で第一子を出産、年子で1男2女の三人の子ども達を授かりました。

三番目の子どもが、1歳になった頃の事です。
夫とは生涯を貫くパートナーのはずだったが、夫の家庭内暴力DVが始まりました。彼女の体には、アザがどんどん増え続けていきました。

当時DVを受けていることを、誰にも相談出来なかったそうです。子どもたちが家の様子を保育園で話してしまわないか、恐れていた毎日。

そんなふうに追い詰められていた彼女の頭の中では「誰かに夫のDVを相談して、そこから話が広がるようなことになれば夫からの暴力がさらにエスカレートする事になるだろう」と思い込んでしまっていたのです。

DVを受けても外部にSOSを発信出来ない

当時はまだ、DVという言葉が主流にはなっておらず、逃げ道もわからない状態でした。夫からのDVと戦い、解決方法を、探すしかなかったそうです。

それからというもの、DVから精神的に追い詰められていた結果、彼女の体には異変が起こりました。
鏡の前に立つと、頭の右側の地肌が見えている。円形脱毛が、見つかりました。それから、胃潰瘍に拒食症の病。拒食症からの、過食症までもが彼女を悩ましました。

答えが出せた1年後

夫からのDVを受けて1年。やっと気付いた「離婚」という選択。
先祖代々、離婚歴が全くない家系であった為、両親は娘が離婚する事には反対だったそうです。

そこで彼女は、被害を受けたDVの跡がついている身体を見せて納得させました。夫からのDVを家族に守ってもらい、ようやく離婚へと辿り着くことになりました。

シングルマザーとなり新たなる人生がスタート

離婚を選択し、DVから解放された彼女は27歳。両親、姉妹の協力をへて結婚前からの仕事「バスガイド」をそのまま続けることにしました。

憧れていた職業ともあり、明るく活発な彼女には、周りから見ても天職。大好きな「沖縄」を観光案内し、PR出来るなんて笑顔でいられる。DVが原因で離婚した辛さを、ひと時でも忘れさせてくれるお仕事だったのです。

18年間男性に目もむけず子育てしてきた4年前の45歳の時

離婚をしても、DVされていた事から解放されず、体が怯えていた日々。離婚後も男性への恐怖感が抜けないまま、18年がたちました。

同じ職場で務めている、12歳年上の男性とのパートナーとなる事に

同僚として15年くらい「運転手とバスガイド」という関係であった男性の存在がありました。

その男性が、40年間連れ添った奥さんを急性白血病で亡くし、突然の出来事に立つことも出来なくなったその男性を、彼女は見ぬふり出来なくなりました。

始めは、離婚の経験はあるとしても突然の死別は、経験ある人だけがしか分からない気持ちでしょう。言葉や行動で支えてあげないと、思うようになり日々支えていたそうです。

自然な流れに任せて

その男性を傍で支えるようになって4年いう月日が経った頃です。お互いをパートナーとして、必要とするようになりました。

男性にも彼女にも、子どもも孫もいる立場ですが、お互い独身である身です。男性の年齢がひと回り上ということもあり、その包容力に身を任せるようになったそうです。

現在、パートナーとして一緒に暮らし始めて、1年が経ちました。定年退職したパートナーを、彼女が支え続けているのが伝わってきます。。

これが普通なことだけど、とてもありがたい幸せ

お互いの子どもたち、そのまた子どもたち(お孫さん)が賑わい、時々合流ホームパーティーを開催しているそうです。

親の背中は、子どもたちはちゃんと見ているのですね。誰ひとり、2人の行動に反対することもなく応援してくれいるそうです。

子どもからのメッセージ「幸せになってほしい」

それが大人になった子どもからの、ささやかな願いなのでしょう。七夕の笹の葉に願いを込めた彼女の娘さん。

「母が いつまでも 笑顔で幸せでいられますように」

娘ながらに、もう母親の涙は見たくないのが本音であり、同じ女性として母の幸せを一番に、願っているものなのです。

突っ走ってきた人生、子どもはずっと見ていた

母の背中を後ろからずっと見てきた子どもたち。

彼女の娘と息子たちは、母への感謝の想いを常に行動で表している姿を見かけます。彼女の子育ては「成功だな」と思いました。

さいごに

彼女は言っていました。「私は、人生2回結婚説の理解が出来ます」と。

子どもが独立して手が離れてからの再婚「人生2回結婚説」

この先、現在のパートナーと結婚までいけるかは分からないです。パートナーとしていれる事が、心の支えになります。

パートナーには、お子さんが9人いて家族の大事さを教えてもらいました。その9人のお子さんがそれぞれ独立しており、お孫さんが16人の大家族です。

これから先、お互い年齢を重ね不安もあります。まずは「健康第一」で、大勢の家族が財産だと言うパートナーと一緒にこの先もパートナーとして、歩んで行くと改めて決意いたしました。

過去の元夫からのDVに、今でも縛られていた自分から、やっと解放されました。私たちの年齢差は変えられませんが、パートナーと「これかの人生を変えて見せます」と宣言していました。「末永くお幸せに」と心からそう思います。

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