「いつかはもう一度女性としても幸せになりたい」と、望まれているングルマザーの方も多くいると思います。
けれど、ひとりで子どもを育ててきたシングルマザーという立場が長くなればなるほど、「自分が幸せになること」に対して、なかなか踏み切れないものです。
子どものこと、仕事のこと、両親のこと、そして自分の今までの生き方、色々なものが交差し心の中で葛藤してしまうのが現実です。
一人でやり続けたことが
シングルマザーだったときの私の口癖。
ちっとも大丈夫ではない状況の時だって、人に甘えることができなくて「ごめんね。大丈夫、ありがとう。」でした。
その私を見て、周りの友人や家族は、心配しながら私に言い続けてきました。
「いつまで自分の幸せの為に行動しないのかな?
自分の年齢を考えて、きちんと再婚と向きあうように!」と。
気が付けば自分のことは二の次で、子ども事や生活のことに一生懸命なってしまい「再婚」いうことを考えないようにし、気にはなりつつも実際には怖くて逃げていたのだと思います。
いつかは迎える子どもが巣立つということ
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シングルマザーとなり、ひとり親として二人の子どもを育てる日々。
そんな中、あっと言う間に向かえた子どもの成人。
別れた夫の連れ子であった子どもたちを20歳まで育てあげた結果、『シングルマザーとなった養母から、産みの親以上の愛で送る娘への手紙』で執筆した通り、成人になると共に別れた夫(父親)のところへ戻って行った子どもたち。
シングルマザーであった渦中の時は『シングルマザー・ダブルワークで奮闘した日々!今はすべて思い出に』で執筆した通りの日々を過ごし、しかし今は子どもたちと離れ、今までのシングルマザーで奮闘した時間から、ただ・・・ただ一人の独身生活の始まりでした。
今動くべきの43歳?!
独りとなり気がつけば、私は43歳になっていました。
暖かく見守ってくれる周りに人たちに色々心配されつつ、背中を押された感もありますが、友人や家族はこれからの私がひとりでいる姿を見たくなかったのか、再婚の事に対して徐々に口うるさくなってきました。
そんな周りからの後押しもあり、「これからの人生どう過ごしたいか?」自分で自分に問いただしてみた。
そこで思い切って、子どもたちが巣立っていった変化のあった年を、「脱シングルマザー」とし、心機一転で思い切って心の模様替えをしてみようと決めました。
気づいたら 彼はいつも 側にいた
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現在の夫である彼との出会いは、今から約2年前、長女が19歳のときでした。
当時活動していたシングルペアレント(ひとり親家庭)が集まるサークルで出逢い、まだ当時は友だちとして仲良くしていた私たちでした。
シングルマザーとシングルファザーと言うのがきっかけで知り合った私たち。
今まで出逢った人たちは、私の生き方を理解してくれる人はいなく、「他人の子を育てて」と批判ばかりされていました。
けれど夫は結婚する前からもずっと、いつも私たちを側で見守りながら相談役にもなり、私のすべてを理解してくれていたのです。
彼が私に与えてくれた勇気
娘達と離れた時も彼は私を支えてくれていました。
辛くて怖くて震えている私を見ても、彼は一緒になってこれから先のことも含めて、いろんなことを考えてくれました。
別れた夫の連れ子を引き取り、本当の子どもと変わらぬ愛情で育ててきた人生。
このままでもよいかとも思えたけれど、女性として必要としてくれて、私も心から信頼できる、今の夫、最高のパートナーと出逢えたからこそ考え方を変えることができたのです。
そんな苦労を分かち合えたからこそ
夫も、当時は『シングルファザー」。
娘一人を12歳から12年間育てて現在24歳になったお嬢さん。
男親と思春期の娘とのスタートはすごく大変だったことでしょう。
娘の為についやした日々、年数、すごく頑張ってきたことでしょう。
彼は20歳で就職し、22歳でお父さんになりましたが、別れた妻のアルコール依存症、それでも何年も絶えてきましたが、結果離婚。
お互いがひたむきに、前だけ見て歩いてきた
離婚をしてから10年以上、「再婚なんて考えた事なかった」と言う彼と私は、その考え方も同じでした。
夫は今年で、勤続26年目。
ずっと仕事と子育てに集中してきた人。
目立ちはしないけれど前向き歩み続けながら、いつでも優しく見守ってくれた大らかさに私は惹かれ、再婚と言う選択肢がある事を考えるようになりました。
ダブルシングルを乗り超えたからこそ
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お互いがシングル(ひとり親)という立場を経験し、子どもを成人まで育て、同じ目線で相談が出来る事、この安心感はとても大きかったと思います。
時にはお互いの子どもの恋愛話の相談をし合ったことも。
今までの人生を振り返ると、「第二の人生を考えるときは、今かもしれない」「ここまで来たら、前進するだけ」・・・一歩前に踏み出してみないと、なにもわからない。
夫の真剣な態度が私を動かしました
夫がいつも私の話を真剣に聞いてくれたから、私も夫との再婚について考えることができたのです。
夫に伝えたい想いは、今日までずっと言えずにいた事「ありがとう」今の私はあなたがいたから充実していますと・・・
私が娘たちと離れたときの彼の言葉が
「俺が必ず一生、お前のこれからを幸せにする」と言ってくれたことばが私を決断させた理由のひとつです。
ここまではっきり言ってくれる人は今までいなかった。
当時の彼は、この言葉を言い出すのにかなり時間がかかったことでしょう。
責任感の強い人だからこそ、なおさら。
今まで、仕事と子育て以外のことを全く考える余裕すらなかったこの私の気持ちを、ここまで動かした彼とは、「夫婦としての『ベストパートナー』になれる」、そう思えるようになりました。
もう一度だけ、結婚(再婚)をして夫婦となり、「旦那、夫、主人」と呼べるパートナーと一緒にいたい。
誰かを信じることを恐れていたけど、「信じてみよう」と、私も心に誓ったのでした。
回りに支えられて再婚へと
彼自身も再婚について考えるようになったと同時に、私たちは周りから固められ入籍し「再婚」することになりました。
苦労の連続だった私のために、周りの人たちは入籍前日に独身最後のパーティーをしてくれて、そしてたくさん泣いてくれました。
仲間たちの為にも私が前進して良かったと心から思い、「再婚」をしたら自分の心に余裕ができたからなのか、世の中が明るく見えてきます。
また、私の周りにいる人たちも元気になって来ているように見えます。
闘病生活中の母も、頑張って、本当に頑張ってリハビリ入院までして、彼の家族との顔合わせに自力で歩いて来てくれたのです。
40代というこの年齢だからかもしれないけれど、ベストパートナーとの再婚は必要だと感じて来ています。
ふたりでいると会話がある、夢がある。
私たちは2度目の結婚、いわゆる再婚ですが、これからの人生を考えたら共にお互いが必要だという事に気づかされました。
苦労を乗り越えてからのパートナーとの再婚
シングルマザーを乗り越えて、色々経験してきたからこそ心に余裕もでき、お互いを思いやれる心も持てるのだと思います。
今までの恋愛に対して臆病になっていた自分を脱ぎ捨てて、「自分を信じてみよう!まだ諦めたくない事がたくさんある」という想いで、もう1度幸せなる「再婚」という道を選びました。
初めての婚約指輪
「初めて貰った婚約指輪、この年齢でと照れくさかった結婚指輪、だけど思っていたより居心地二重丸」で、本当の第二の人生の重みを日々感じ、夫と出逢えた事に感謝しています。
気がついたら人生後半戦に突入の年齢。これからも何が起きても「諦めないで、今までみたいにやれば出来る」を信じて歩いていきたいと思います。
波乱万丈でしたが・・・
20代、30代、40代の初めまで、波乱万丈大変な人生でした。ですが、自分で決めてスタートした人生でしたから、全く後悔はしていません。
確かに、振り返れば他人の子どもを育てるという事は、普通よりも苦労が多くなります。
けれど、それで若いころの人生が台無しと思っているわけではなく、娘たちがいたからこそ、私はたくさんの世の中を見て回ることができたのです。
さいごに
私は、娘にも夫にもこの「シグマル」サイトを読んでもらっています。
私がこれから娘たちに伝えたい事、夫への感謝を常に伝えたくて、言葉で伝えられないから文章で書きつづっている現在。
私にとって再婚をするってまさかの結末ですが、これからがシングルから解き放され「再婚」からが、また始まりなのですね。
私が育てた娘たちと、今の夫の一人娘も仲良くしています。
そして、不思議な事に現在の私は、とても幸せな妻という日々を送っています。
ようやく見つけた「ベストパートナー」と再婚をした私は、夢のマイホーム実現に向けてこれからの人生共に生きて行きます。
この記事を読んでくださったシングルマザー、シングルファザーのひとり親さんとそのお子さんたち、今も充分に幸せな日々を過ごされていることと思います。
もしも、この先なにかに挫けそうなことが起きたとしても、自分自身と子どもたちを信じてさえいれば「それぞれに合った幸せを実感できる日」が必ず訪れることでしょう。