仕事中のことを振り返ってみると、お客さんが来たときの由香里ちゃんは必ず掃除や整頓の手を止めて姿勢を正して、
「いらっしゃいませ」
と丁寧に応じます。
そして、そのお客さんがどれだけ荒っぽく服を散らかしてハンガーから落として何も買わず帰ろうともすらりとした背筋のままでホテルウーマンのように頭を下げ、
「ありがとうございました。またお待ちしております」
と、完璧な接客態度だったのでした。
できないのは手作業のみ。
それも、ゆっくりと丁寧なだけでイライラしやすいわたしが勝手に「遅い、トロい」と腹を立てて顔に出していただけで、由香里ちゃんへの不満や苦情は耳に入ってきません。
ところが逆はあったのだというのですから辞めてもらったらかなりの損失です。
一方通行以外なんでもない行動を取ろうとしていたのでした。
機嫌を悪くしてつっぱねるだろうと思った由香里ちゃんは、
「それは助かりますけど…あたしのこと嫌いなのに、いいんですか?」
と訊きました。チクリとした皮肉でした。
トロいからバイト代の問題だけとは言いづらく、
「お客さんがすごく減ってお店の存続が最初から不安になったから。
いきなりつぶれたら申し訳ないと思っただけ。
このチラシで挽回できると思うしね。
由香里ちゃんにこれからこういう相談に乗ってもらうね」
とぎこちない笑顔で言いました。
ばれてはいると思います。
机でスマホを触っていた娘が、
「仕事遅いし愛想悪い由香里ちゃんじゃもったいないって、家で文句言ってた話?」
と、わたしが実家で母に昨日言ったことをぽろりと悪気なく口にしました。
わたしは慌てて制止しましたが、由香里ちゃんは、
「もったいなかったらいつでも辞めますから言ってくださいね」
と表情を変えずに言いながら、
「このチラシ、明日一日で友だち総動員して配らせます」
サンプルの一枚を置いて大きなバッグを持ち、
「それと、今は愛美ちゃんのお古で始めたけどこの先仕入れはどうするんですか?」
と訊いてきました。
「コンサルの人に相談中。
適当に送りますって、
さっき電話かかってきたけど…なんで?」
「男の子の服一枚もないこと、初日から気になってたんです。
それもさっきお客さんに言われて。
女の子の服専門店って分かってたらわざわざ来ないって。
スタートでそれでコケてるんだと思います。
この辺団地とかファミリーのマンションとかあるし、保育所があるでしょう?
男の子連れのお客さんが来るたび愛美ちゃんの服だらけの店内見て、すぐ引き返してるのも気付いてませんでした?」
普通に考えれば当たり前に気付くことを、わたしはまったく気づいていませんでした。
そしてお客さんはみんな、嫌な顔をする店長であるわたしに言わずに丁寧な態度で立っている若いバイトの由香里ちゃんに苦情を言っていくのだと初めて知りました。
「…まずい。コンサルの人に電話でも女の子の服ばっかり注文した…」
「じゃあチラシはこっちで」
と由香里ちゃんは、もう一枚の似て非なるチラシをバッグから出しました。
男女子ども服買い取りします、の項目が加えられている別デザインでした。
買い取り値段を3段階に分けること、それ以下の0なら引き取るけれど値段はつかないことが買い取り条件として書かれていました。
「ずいぶん詳しいけど何かこういうのやってたの?」
「父の仕事が似たようなものです。
父といっても母の再婚相手で、あたしが高校に入るときに父親になったんです。
ぶらぶらしてたときに査定の手伝いもしてますし事務手続きもしてます。」
「…なんか複雑だね。おかあさんシングルマザーさんだったんだ」
「死別です。ほんとの父の顔は写真でしか知りません。」
「じゃ、チラシは一応こっちの買い取りしますのほう配っていいですか?」
リサイクル品のほうを組み入れたチラシを目の前に掲げる由香里ちゃんに
「うん、お願い」
と言うと、由香里ちゃんは定時を30分オーバーしたことを、残業分とかいりませんから、と気にしつつ店を出ていきました。
「明日も由香里ちゃん来るよね?」
娘がわたしに訊きます。
「ちゃんと来るよ」
「よかったー。家にいてもつまんないもん。」
「由香里ちゃんと遊んでるほうがいい」
娘は、甘やかしてくれる祖父母が自分の幼い従妹を可愛がっていることを不満に思っています。
これを両親と妹と話し合わなければなりません。
娘は両親の初孫なのですから。
「由香里ちゃんは愛美と遊んでるんじゃなくてお仕事してるんだから、邪魔しちゃだめだよ」
明日の準備を終え、コンサル業務担当の人に電話をして由香里ちゃんとのやり取りを話し、明日の仕入れ内容を調整しました。
全く頭になかった男の子の服を急きょ午後から仕入れることにしました。
男の子の服に関してはコーディネイトのイメージも浮かんでこないので、これから勉強が必要になることを気を引き締めなければなりません。









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