考えた末、わたしは手元にある履歴書のコピーを隅々まで見据えて携帯を手に取りました。
「夜分に申し訳ありません…」
由香里ちゃんの口調を真似て、そして応対してくれた携帯の持ち主と同じようにできるだけ丁寧な声を出しました。
翌日からやってきてくれた、面接を受けた一人の、元デパガのおばさんは、白髪を綺麗に染めてきて、
「谷浦です、よろしくお願いします」
と、お地蔵様みたいな笑顔で挨拶をしてくれました。
「朝からうちにも可愛いチラシが入ってましたよ」
と嬉しそうに笑い、ノートパソコンに向かっている由香里ちゃんに、
「あなたがお作りになられたんですか?」
と訊きました。
「自営の手伝いですが事務系しか経験がないもので、このぐらいしか能がありませんが、よろしくお願いいたします」
と由香里ちゃんも丁寧です。
言葉遣いの段階で、わたしは既にこの二人に劣っています。
チラシ効果でいつもとは違う顔ぶれのお客が入り始め、古着を持ち込む人もいます。
古着の買い取りは由香里ちゃんと谷浦さんにまかせました。
由香里ちゃんはおとうさんの仕事を見ている経験上の事務で、谷浦さんはアパレル勤務の経験上で、それらを素早くこなしてくれます。
もしかして一番戦力にならず、作り笑いを顔に貼り付けて
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
を繰り返しているのはわたしだけでは?
仕入れと売り上げは次第に伸び、1ヶ月を過ぎるころには収支のバランスは大きくプラスに転じました。
三人では忙しすぎるほどで、由香里ちゃんと谷浦さんが日時に融通が利く人材であったことが助かりました。
二人ともシフトはこちらの都合に合わせて入ってくれましたし、わたしが娘の学校行事の日には谷浦さんがより優れた店長代理のようなものでした。
初夏を迎えるころでもあり、谷浦さんには、
「愛美ちゃんをそろそろご実家に置いておくことを考えられたほうがいいと思いますよ。」
「お店にたくさん子どもさんが来られるでしょう。」
「お互い病気を移し合うことを考えなきゃいけないシーズンがきますからね」
と言われました。
デパガの前には総合病院小児科の看護師さんだったそうで事情でデパガに転身したそうですが、夏に流行る病気のことだけではなくてもそれは確かに考えなければならないことでした。
娘は風邪などまったくといっていいほど縁がない健康な子でしたから、突発的に店を休むことは今のところなく、参観日にシフトを調整してもらって谷浦さんを店長と思って店を任せたのでした。
店は不定休で週一回の休みを設けていましたが、学校行事に合わせて店を急に休みにするわけにはいかないからです。
由香里ちゃんはFacebookページやブログ、ホームページを作ってくれていて効果が上がり、近場だけだったお客さん層はエリアが広がってきました。
わたしは実はあまり何もせず、最初のバイト代を二人に払っただけではないかという気になり、あちこちに相談して二人に雇用保険と労災保険をかけることにしました。
本来なら時間としては、健康保険や厚生年金も加入できるほどの時間を働いてくれているのですが、これはまだ三人しかいない個人ショップでもあり、二人も自分の属性として自分でかけていられるから強いて必要ないというので甘えています。
年齢的に谷浦さんという優れた店長代理が、いつまで勤めてくれるかというのも気にかかり始めました。
いつまでもお世話になりたいです、と笑顔で言ってくれるのですが。
それは由香里ちゃんも同じです。
おとうさんの仕事を継ぐための勉強でバイトをしているのだと一度言ったことがあります。
いずれは二人ともいなくなってしまいます。
二人に匹敵する戦力がまた入ってくれるかどうか。
いえ、育成しなければならないのです。
そんな風に考えていたある日曜のことでした。
ほどよい客入りの中、スマホでゲームをしていた娘を、店に入ってきた同い年ぐらいの女の子が見つけて
「あれ?愛美ちゃんじゃん」
と声をあげました。その子と一緒に入ってきた、この近くを園バスが通っている私立幼稚園の制服を着た女の子を連れた、わたしより少し年上らしい女性が、
「お友だち?」
と訊いています。
「別に。同じクラスってだけ」
と答えるその子に(嫌な言い方)と思いました。
けれどグループが違えば友だちとは言えないのは仕方がないしと思っていると、娘もその子から顔を背けています。
「これ、いくらでもいいですけど引き取ってもらえます?
高いのにあんまり着せてないから捨てるのもね」
そのおかあさんはにこりと笑って、ブランド子ども服メーカーの大きな紙袋をふたつ、小さなカウンターに乗せました。
由香里ちゃんと谷浦さんが丁寧に検品し、
「良い状態でお持ちいただいて誠にありがとうございます。
全てAランクでお引き取りさせていただけるお品でございます」
と谷浦さんが頭を下げてわたしに決済をさせ、買取用の手提げ金庫からお金を出して買い取りを済ませました。
そのとき、
「愛美ちゃんち、人のお古で食べてるってほんとだったんだね。
学校ではうちはお金持ちだよって威張ってるのに」
その子が娘のそばに来て忍び笑いしながら耳打ちするのが聞こえました。
え、と小さく声が出て頭がカッとなった途端、パン、と音がして娘はその子の頬を力いっぱい平手打ちして仁王立ちしていました。
そして、
「お古売りに来たそっちは何なの、みっともない
いらなきゃ捨てれば?
うちは服を大事にしたいから売ってんだよ?
服はね、着てもらいたいの。
お古なんて言い方する人はうちのお客さんじゃないよ」
と言い放ち、また椅子に座ってスマホの画面に向かいました。
他のお客さんが唖然としている中、娘はそれに気づいてまた立ちあがり、その人たちに向かって
「すみませんでした!」
と深く頭を下げました。それだけではなく
「お客様、申し訳ありません。大変失礼しました」
と打たれた頬を真っ赤にしているその子に向かって頭を下げました。
二つ折りになった顔は見えませんが、その目から涙がポタポタ流れて床に落ちました。
谷浦さんがその横に並び、その親子に向かって直角に頭を下げ、深くお詫びします。
由香里ちゃんもそれにならいました。
わたしは謝れませんでした。
谷浦さんに小声で促されましたができませんでした。
娘が捨てた意地やプライドを捨てることができませんでした。
けれど、その親子が強張った表情で店を出るときにすっと深呼吸をしました。
そして精いっぱいお辞儀をして
「またお待ちしております。本日は誠にありがとうございました」
と心を込めて声をかけ、その姿が見えなくなるまでショップの入り口で頭を下げ続けました。
涙など出すまいと前で重ねた手を握りしめました。









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