四日目が終わるその日、由香里ちゃんには試用期間の二週間を予告して適当な理由をつけてと思い、丁寧に掃除をしている彼女にそれとなく話を持ちかけました。
「わかりました」
と、由香里ちゃんは表情も口調も特に変化なく言って、
「じゃあ、いつ辞めればいいですか。
お役に立てなかったなら早いほうがいいですか」
と言いました。
もったいないから今日にでも、と思ったのを見透かされたような気がして言葉を探していると、
「今日で終わったほうがいいなら、これ渡しておいたほうがいいですね」
と由香里ちゃんは、二人の私物入れを開錠してバッグを出し、B5サイズのモノクロチラシを一枚出しました。
「全然宣伝してないから試しに作ってみたんですけど。
加納さん嫌なことはすぐ表情に出るから、余計なことする、とかまた思われそうで昨日から出しにくくて」
それは、このショップの開店を知らせるかわいらしいデザインのチラシでした。
パソコンで作ったもののようです。
わたしがお客ならすぐにでも足を運んでみたくなるようなコピーとイラストの、ごくシンプルだけれどはっと目を惹く可愛いチラシで、わたしはしばらくそれを手にため息をついて見とれていました。
由香里ちゃんのバッグはいつも大きいと思っていたけれど、やや小ぶりなノートパソコンが見え隠れしています。
「チラシがOK出たらこのパソコンここに置いといてSNSとかも作ろうと思ってたんですけど、チラシだけでも使ってもらえたら嬉しいです。
高校のときの友だちに声かけてるんでOKもらえたら、明日の午前中に子どもの多い地域に500枚全部配れるように準備してます。
嫌ならやめますし」
たった二日で客足が激減した現実や由香里ちゃんの前向きな思惑やらが頭の中でぐるぐると渦巻き、しばらく黙ったままでいたわたしは、
「そういうの考えてくれてたのに、なんで言ってくれなかったの?」
と小声で訊きました。
一坪ショップブースフロアなので、新規開店があればビルのほうでエントランスに案内を出してくれるのですが、自分で周囲に宣伝することは考えていませんでした。
大きな有名ショッピングビルではないので、SNSなどもあるかどうか知らなかったのですが、パソコンが苦手でスマホしか触らないわたしは、そういうことを考えなければならないとしてもできなかったでしょう。
「バイトだし余計なことだし。
さっき言ったとおり加納さん嫌なこと顔に出るんです。
それお客さんの前でも出てます。
辞めさせられるから言うみたいでずるいですけど、違うからそう受け止めないでほしいんですよ。
あたしがそのことでお客さんに嫌味言われたし、これからお店のためにならないから言ったほうがいいなって。
今日の午後に、店長さん若いからだろうけどすぐ嫌な顔するよね、気分悪いから言っといてって言われたんですよ。
言わなきゃいけないのかなって今日ずっと考えてて、でもやっぱりそういうことって言いにくくて今日半日もやもやしてたんです。
でもお客さんに言われたことは無責任になるから、やっぱり」
それは、わたしが身内や友人知人からいつも指摘されていたことでした。
嫌だと思うと態度には出ないけどすぐ顔に出るね、と言われたし、娘は、
「ママがまた怒ったー」
と突然泣きます。
「怒ってないよ」
となだめても、
「顔見たら分かる!ムッとしてる!」
と泣きます。
由香里ちゃんの前でも、あろうことかお客さんの前でも、その癖はまったく抜けていなかったのです。
わたしは由香里ちゃんに「ごめんね」と謝り、それだけ人を見る目があって仕事ができる人を辞めさせるわけにいかないからこのまま続けてほしい、と言いました。
わたしにはごく普通に、事務的な能力のある補佐が必要だったのです。
由香里ちゃんは、販売の手作業はまだ全然慣れていないけれど、事務仕事や人間関係を見る能力はわたしより何倍も人生経験を積んだような子だったのです。








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